マムート 石塚 あゆみさんに聞く『リテールとの出会い』

インタビュー
2025.05.16
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1862年にスイスで生まれ、今年で創業163年目の歴史を誇るアウトドアブランド、MAMMUT(マムート)。革新的な技術と徹底した品質へのこだわりを背景に、世界中の登山家やアスリートから信頼を集めてきました。自然との共存を大切にしながら、機能性とデザイン性を両立させたプロダクトを通じて、人々の冒険心を支え続けてきたブランドです。そんなマムートに2017年から在籍し、リテールオペレーションという立場で店舗と本部の架け橋として奔走されている石塚さん。日々店舗に寄り添いながら、ブランドの価値を“体験”として届ける店舗づくりを、陰から支え続けてきました。多様な現場を歩んできた石塚さんが、今なお向き合い続けているリテールの本質とは。今回のインタビューでは、「リテールの可能性」と「人と向き合うことの楽しさ」を軸に、石塚あゆみさんにお話を伺いました。

店舗を支える

●リテールキャリアの原点

正直に言うと、学生のとき「これがやりたい!」っていうものがなかったんです。就職活動のときも、特に業界を絞っていたわけじゃなくて、いろんな企業を見ながら「働くってどういうことなんだろう?」って、ぼんやりしてた時期だった記憶があります。ただ、そんな中ある企業の面接を受けた時に、すごくフィーリングが合ったんですよね。面接官の方たちが話しやすくて、会社の雰囲気が自分に合っているなって。その感覚で入社を決めました。

入社後、最初に配属されたのは靴下の企画を行う商品部で、直営店舗の担当になったんです。それがまた、全国に2〜3店舗しかない小さな専門店。部署全体でもリテールを見てるのは私だけというレアなポジションでした(笑)。でも、今振り返るとそこでの経験がすごく大きかったんだなと思います。モノが作られるところから、お客様の手に渡るまで、店舗の空気を肌で感じながら色んな視点を学ばせてもらった気がします。


●現職での役割

リテール・ホールセール・ECの3つの事業領域のうち、リテール部門で業務基盤を整える『リテールオペレーション』という役割を担っています。会社の成長と共に店舗数も増えてきた事で、これまでのやり方では回らなくなってきた部分も多くなりました。POSシステムの入れ替えだったり、日報や提出物のフローを見直したり。日々の業務がもっとスムーズになるように、効率化のための仕組みづくりを進めています。

2017年、私がマムートに転職した当時は今より会社の規模が小さく、リテールチームはみんなであらゆる業務を担当していて、私自身も商品の出荷指示からスタッフの採用業務、修理品の対応など色々な業務に携わりました。その頃の経験が、今の自分をつくってくれたと感じています。
まだまだゴールは先ですが、ストアスタッフがより販売に集中し、お客様と向き合う時間を多く持てる環境をつくるためにも、オペレーションの進化が必要だと思って取り組んでいます。

もうひとつ、今チーム全体で力を入れているのが人材育成です。1年ほど前に「トレーナー」という役職ができて、私もそのプログラムづくりに参加しています。どんなに良い仕組みがあっても、実際に動かすのは“人”。だからこそ、日々の育成やサポートは欠かせないと思っています。今でもリテール部門の採用やスタッフのフォローは私が中心になって動いています。店舗と本社の両方の気持ちがわかるからこそ、その“間”をつなげる役割を、これからも自然体で続けていけたらいいなと思っています。

信頼も、成長も、すべては店舗から

●店舗との信頼を育てる

マムートへの入社後、1番最初のチャレンジは、本格的に人事業務にも関わるようになったという事です。それまでは、自分が人事に関わる仕事をやることになるなんて思ってもみなかったんですけど、やってみたらすごく楽しくて! 人と接する中で生まれるやりがいや発見が、今ではすごく大きな魅力になっています。リテールって、「人」が「モノ」を売る仕事じゃないですか。だからこそ、人の育成や採用に関わることは、やればやるほど興味深い仕事なのだと感じます。

とはいえ、私自身、店舗のスタッフと会う機会が頻繁にあるわけじゃないので、だからこそ会えた時にはちょっとでもみんなに近付いてフラットな関係を築けるように心がけています。そういう“話しやすさ”って、リテールの運営にはすごく大切なんだと思うんです。

なので、ストアのスタッフとコミュニケーションをとる時は、自分のテンションを1段階上げるよう意識しています。というのも、ストアに所属するスタッフって、社会人経験も人それぞれで、年齢もキャリアもすごく幅広いんですよね。何かあったとき、「ちょっと聞いてもいいですか?」って気軽に話しかけてもらえるような雰囲気づくりを、ずっと大事にしています。


●店舗から始まる、唯一無二のキャリア

私は、リテールの店舗を『最強の学び場』だと思っています。
例えばマムートの店舗って、平均人数は5〜6人、多くても10人くらいの規模なんですけど、その中で副店長や店長になると、若いうちから自分の“組織”を持つことができるんです。

売上の数字を分析して次の一手を考えたり、スタッフの特性を見ながら育成や配置を考えたり、日々の業務フローを見直して効率化につなげたり。そういった一つひとつの仕事を自分の判断で動かし、店舗でちゃんと結果に結びつけていく。そんな経験が若いうちからできる環境って、実はすごく貴重なんじゃないかな?って。

毎日いろんな人と関わるから、自然とコミュニケーション力も磨かれていくし、臨機応変な判断力も身についていきます。そういう意味でも、リテールってやればやるほど力がつくし、社会人として必要なスキルも学べる仕事なんですよね。どんな仕事にも通用するような経験が得られる場所だなって実感しています。


●ブランドと共に成長した瞬間

会社が大きくなっていく過程には、やっぱり少し苦しい瞬間もあると思うんです。業務が急に増えたり、人手が足りなかったり。でも、そんな時こそ「できない」と決めつけずに、とにかく一歩踏み出してみる。そのマインドがすごく大事だと感じています。

私にとって印象的だったのは、2021年の秋にスタッフブリッジさんと協業でポップアップを同時に6店舗で展開した時。はじめにアナウンスがされた時は、「えっ、そんなの本当にできるの?!」と全員が戸惑っていました。私自身も「何人スタッフを用意すればいいの?」等と不安な気持ちに…。でも、「やるしかない」と腹をくくったんですよね。完璧ではなかったかもしれないけれど、半年間の6店舗運営をなんとかやり切ることができました。あの時の「やってよかった」「できないって言わなくてよかった」という気持ちは、今でも心に残っています。この経験があってからは、どんなに大きな課題が来ても「やってみれば、きっとできるかもしれない」と前向きに思えるようになりましたね。何より、そうやって挑戦を重ねていくことで、自分もブランドも一緒に成長していけるんだという実感があります。

価値観の違いを前提に

●言葉だけに頼らない関係づくり

普段から仕事で意識しているのは、「他人とは価値観が違う」ということです。自分が当たり前だと思っていることも、相手にとってはそうじゃないかもしれないし、自分の考えがそのまま伝わるわけでもありません。逆に、相手も思っていることをすべて言葉にしてくれるわけではない。だからこそ、コミュニケーションは言葉だけに頼らず、相手の表情や態度、声のトーンや間の取り方といった、言葉以外の部分からも感じ取るようにしています。

そうやって、相手の小さなサインをちゃんと拾っていくことで、ちょっとした違和感に気づけたり、次に必要なアクションが見えてきたりもするんです。

あとは、「この人はいま何を求めているんだろう?」と常に意識することも大事にしてますね。ただ業務上のやりとりをするだけじゃなくて、その人にとって心地いい距離感で、必要なサポートができているかどうか。そこに気持ちを向けることで、信頼関係も少しずつ築けていくと思っています。


●自分らしさと他者理解

昔から、相手が誰であろうと自分の意見をきちんと伝えることに抵抗がないんです。社長や上司であっても、自分の考えを伝えることが苦ではなくて、むしろ自然にやってこれたんです。ただ、それができるのはきっと自分の性格やキャラクターがあってこそ。「同じことを周りの人に求めちゃいけないな」とも思っています。誰かと比べたり、「こうあるべき」と押しつけたりしないように。今は、昔よりも意識的に相手の立場や性格を見るようにしています。


●「当たり前」が、いつの間にか武器になっていた

これまで自分のしてきたことって、正直『特別なこと』じゃなかったんです。期限を守る、相手が求めている情報を汲み取って資料をつくる、そんな当たり前のことの積み重ね。でもあるとき気づいたんです。それが実は、自分の強みになっていたんだって。ずっと「手に職がない」と思っていて、専門職としてのスキルに対してちょっとしたコンプレックスもありました。でも、今の自分が会社の中でステップアップできたり、周囲から評価してもらえるようになってきたのは、これまで続けてきた日々の積み重ねが、ちゃんとカタチになってきたから。特別じゃなくても、続けてきたことにはちゃんと意味があるんだって、最近やっと実感しています。

スイスで見つけた、ブランドの「素顔」と「信頼」

●ブランドの原点に触れた日

2018年に、マムートのスイス本社で開かれるセールスミーティングに、参加させてもらったんです。このミーティングは年に2回、世界中の関係者が集まって、次のシーズンのプロダクトやマーケティング施策についてインプットの場なのですが、プライベートではなかなか行けない場所だからこそ、スイスへの出張は自分にとってある意味“ご褒美”のような機会。本社の空気感を肌で感じることができました。

その中で、私が一番印象的だったのが、現地の人たちのライフスタイルでした。滞在中、ちょうど雨が降った日があって、ふと外を見るとみんな傘をささずにハードシェルジャケットを着て、当たり前のように自転車で移動していたんです。それを見た瞬間、「あ、これがこのブランドが生まれた場所なんだ」って。私たちが日々販売しているウェアが、人々の生活に根付いてる。アウトドアウェアが『特別なもの』ではなく、『日常の道具』として機能していることを目の当たりにして、すごく腑に落ちた感覚がありました。


●文化を越えてつながる仕事

スイス本社のスタッフと初めて顔を合わせたとき、印象的だったのはその温かな空気感でした。私は英語が得意なわけではないけれど、それでも誰もが穏やかに、そして真剣に耳を傾けてくれる。言葉の壁を越えて、しっかりと対話ができる空間がそこにはありました。

日本の店舗では、大きなバックパックを購入されるお客様が多く、持ち帰り用のショッピングバッグも特別なサイズが必要になります。そこで、「こういうサイズの袋が必要なんです」と相談した時も、「日本ではそうなんだね!」と、日本の販売店舗の背景にしっかり耳を傾けてくれました。そして、実際にそのサイズのショッピングバッグを作ってくれることになったんです。この時に感じたのは、ただ合理的に「いらないから作らない」ではなく、各国の文化やニーズに真摯に向き合おうとする姿勢。そこに、ブランドとしての懐の深さ、あたたかさを強く感じました。

こうした経験は、日本にいてメールだけのやり取りでは得られなかったはず。現地に足を運び、顔を見て、同じ空気を感じながら交わすコミュニケーションには、言葉以上の力があります。この体験は、今の私の仕事観やブランドへの信頼の根っこにあると感じています。

この業界で働く方、そしてこれからチャレンジされる方達へ

人を介してモノを販売する、そしてモノを通じて人とつながる。そんなリテールの仕事を、私は心から素敵な仕事だと思っています。普段の生活の中で関わる人って、どうしても限られてしまいがちですよね。でも、店舗スタッフは毎日多くのお客様に出会う機会がありますし、私も採用の仕事やストアスタッフとのコミュニケーションでは普段だったら出会えない人たちと会話ができる。そんな機会に恵まれているのは、本当にありがたいことだなと感じるんです。何より、ファッションやブランドが好きという共通点があるからこそ、自然と会話が生まれるし、全然違う個性や背景を持ったスタッフが集まって、ひとつのブランドを一緒につくっていく。そういう環境って、やっぱり楽しいんですよね。

それにアパレルって、ものづくりから販売、マーケティングまでいろんな要素が詰まっていて、学べることもたくさんあります。常に時代の変化に敏感でいないといけないし、その分、自分自身も柔軟に変わっていける場所だと思っています。この業界って、実は「どうにでもなれる」「何者にもなれる」仕事でもあると思うんです。まだまだ変化が続いていく中で、一緒にその変化を楽しみながら働ける仲間が増えてくれたら嬉しいですね。


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PROFILE
石塚 あゆみ
大学卒業後、アパレル企業2社を経て2017年2月にマムート・スポーツグループジャパン株式会社に入社。
リテールオペレーターとしてキャリアをスタートし、2020年4月にアシスタントマネージャー、2025年4月にマネージャーへ昇格。
現在は、リテール店舗の出店計画に伴うオペレーションの整備・改善に注力し、店舗と本社をつなぐ架け橋として、業務の効率化や人材育成の仕組みづくりにも取り組んでいる。
趣味は「旅行」。