ブルックス ブラザーズ 渡辺 淳さんに聞く『憧れの先に得たもの』

インタビュー
2025.03.07
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アメリカで最も古くから続く衣料品店として、創業から200年以上の歴史を誇るブルックス ブラザーズ。歴代のアメリカ大統領47人のうち、42人が着用していることでも有名です。最新の技術やアイデアを取り入れながら、長きにわたり品格と品質の高さを維持し、伝統を守りながらも進化し続けてきた唯一無二のブランドです。そんなブルックス ブラザーズに憧れを抱き、アパレルの世界に進まれてきた渡辺さん。在籍32年目を迎えられる今もなお、入社当時から変わらないその想いとは。今回のインタビューでは、歴史あるブランドの進化を第一線で見守り続けてきた渡辺 淳さんに、『憧れの先に得たもの』についてお話しを伺いました。

アパレル、ファッションとの出会い

● アパレル業界に進んだきっかけ

4歳年上の兄がいるんですが、彼の影響が大きいですね。私が高校生の頃、大学生だった兄はすごく洋服が好きだったんです。家にはMEN'S CLUBとか、当時のトラッド文化を牽引するファッション誌が常に沢山転がっていました。子供の頃は洋服にそこまで興味はなかったんですけど、兄の影響でなんとなく雑誌に目を通すようになっていき…気づけばいつの間にか、ファッションにすっかりハマってました。なので、当時はよく兄に無理を言って、都内に買い物へ連れて行ってもらっていました。ちょっと背伸びしたファッションを楽しみたくて、兄の真似をしていましたね(笑)。初めて自分のお小遣いで購入したアイテムは白いシャツだったんですけど、それも「まずは白シャツを買うべきだ!」と兄に教わって、その通りにした事を覚えています。

そして、その時買い物に連れて行ってもらった渋谷や原宿を歩いていた人達を見て、「ファッションとはこれだ!」と感じるものがあり、高校卒業後は専門学校に通いながらジーンズショップでアルバイトをスタートしたんです。これが、アパレル業界への第一歩目。アルバイト先では、接客の基礎知識を学びながら、アパレルやファッションについて教わりました。当時は紺ブレなんかが全盛期。でも、働いているのがジーンズショップでしたから、先輩達はみんな、アロハとかカジュアルなドレスコードで働いていたんです。そんな中、私だけはボタンダウンのシャツ! この頃から、ブルックス ブラザーズへの憧れがありましたね。とにかく一生懸命にアルバイトをしながら、アパレルやファッションについて勉強をしてきました。


● 進路は『ブルックス ブラザーズ』

ブルックス ブラザーズは、ファッションに興味を持ち始めた頃から憧れてきたブランドです。高校生のお小遣いではなかなか手が届かず、大人になったら必ずこのブランドを着て働きたいと夢見てきました。しかし、あの頃はまだインターネットもなくて、情報を集めるのが大変な時代。働きたくてもどうやったら働けるのかわからなかったんですよね。

そこで、当時21歳の私はアルバイトで貯めたお金を持って、初めて新宿の伊勢丹にあるブルックス ブラザーズへ買い物に行きました。そして、「どうすればこのブランドで働けますか?」って直接相談させてもらったんです。この時なんと話を聞いてくれたのは、今でも現役で活躍する大先輩。とても親身に話しを聞いてくれて、まずは採用試験を受けるといいなど、色々なアドバイスをしてくれました。

帰り際に、「絶対に一緒に働こう」と言ってくれたことが、当時学生だった私にとってどれだけ大きな一言だったか。ブルックス ブラザーズへの思いがさらに強まると同時に、採用試験に向けて背中を押してくれた出来事となりました。この日は、今でも忘れられない1日です。

ちなみに、その日に買った人生初のブルックス ブラザーズは、白のオックスフォードシャツと、赤のナンバーワンストライプタイ。もちろんそれを身につけて、採用試験に行きました。今でも大事にしています。

求められてきたもの

● 失敗からの学び

入社して間もない頃、1度だけお客様との約束を守れなかった事がありました。取り寄せるはずの商品が、お客様と約束した日までに準備できなかったんです。許される事ではありませんが、手配を忘れてしまっていて…。すぐに近隣の店舗に連絡し、同じ商品がないかを確認するも、こういう時にかぎって欲しい商品って無いんですよね。

その後、急いでお客様に連絡をして、謝罪と共に状況を説明しました。そうしたら、「ちょっと待て!」と言われて、その後お客様が店舗までいらっしゃったんです。何がダメだったのか、面と向かってお叱りの言葉をいただきました。

はじめは少しだけ怖さもありましたが、お客様から直接お叱りを受ける中で、お客様のご要望を改めて知る事になったんですよね。最後はもう、叱られる怖さなんてなくなり、ただただ申し訳なさを感じて…。もう二度とお客様にこんな思いはさせないと誓いましたし、改めて、お客様のブルックス ブラザーズに対する信頼と愛情を肌で感じた出来事となりました。


● 値段以上の価値

私が販売員になって、2年半くらいたった頃の話です。ある日、来店されたお客様が「渡辺くん。今日さ、任せるから。全部揃えてよ。」って仰られたんです。口には出さないけど、「僕の好みはわかってるよね?」って感じで(笑)。まさに、ブルックス ブラザーズだから出来るという信頼と、お客様が私に寄せる大きな期待を感じる一言でした。

こういったご要望をお持ちのお客様は、結構多かったですね。求められるハードルはいつだって高く、常に大きなプレッシャーがあった事を覚えています。しかし、その反面で、任せていただける嬉しさもありました。だってそこには、ただ単に『洋服を売る』という事だけではない何かがありましたから。お客様の期待をどれだけ当たり前に超えていけるのか。そういった事が求められていたんじゃないかなって思います。


● 店頭の価値

店頭の価値は、接客だと思っています。今はどこの企業もEC事業に力を入れていますが、アパレルって販売手法が何であれ、どこまで行っても小売なんですよね。1万円のものを1万円出して買うだけだったらECでも自動販売機でもできますが、やはり、店頭でスタッフと話しをしながらショッピングする、その空間や時間を体感いただきたい。だって、目の前のお客様が思い描くショッピング体験の価値を超えていけるのは、いつだって店頭での接客だけなんです。

私は普段、付加価値という言葉を使いません。接客のマニュアル本には、「付加価値=金額とは違う価値のもの」みたいな事がよく書いてありますけど、そもそも付加価値って何だろうと掘り下げた時に、すごく曖昧な言葉だなって思っているんです。だから私は、チームメイトと何かを共有をする時に、付加価値という言葉を使わないんです。だって、「付加価値をつけましょう!」なんて曖昧な事を言ったら、「渡辺さんの考える付加価値ってなんですか?」なんて聞かれちゃいますからね(笑)。

付加価値って、私達が決められるものではないんですよ。お客様の考えや想いを感じとる事なんだと思います。だって、何に価値を感じるのか、考え方は人によって違いますからね。あたたかい接客に価値を感じる人もいれば、スムーズなお会計に価値を感じる人もいる。また、自分にとって価値がある事が、相手にとってはそこまで重要じゃない場合だってありますから。

目の前のお客様とちゃんと会話して、相手を知ることが大事なんです。まずは、着ていらっしゃる服、腕につけた時計、履いている靴など、視覚から得る情報を元に「この方はこういった雰囲気が好きなんだろうな」「こういうことに興味があるんだろうな」って推測をします。その上で会話をすると、相手の趣味を深く知れたり、休みの日の過ごし方なんかを教えてもらえる様になる。そうやって、気配りと目配りのある接客を行えた時、「次は何があるんだろう」って期待し続けてもらえるようになるんです。お客様の考える価値に近づくには、その期待を当たり前に超えていく為の情報収集が欠かせません。

積み上げてきたスキル、ノウハウ

● 大切にしてきた事

これまで、出会ってきた人達との繋がりを大切にしてきました。今の自分がいるのは、縁があった取引先様やデベロッパー様、そして、お客様のおかげ。私の強みは『人脈』だなって思います。

スタッフブリッジさんとのお付き合いも長くなりましたね。人材確保のパートナーとして企業同士の大きな繋がりがあります。他にも、現職では他社様からご相談をいただいて、私が繋いだ縁がビジネスに発展することだってありますよ。最近は、私が店長だった頃に出会ったデベロッパーの方と再会し、情報交換や色んな交渉を進めています。こういった交渉が上手くいくのも、過去の人脈があったからこそ。もう何年も前に繋がった縁ですが、これからも大切にしていきたいですね。

ちなみに、ブルックス ブラザーズでは、プレミアムカスタマーのお客様をご招待する顧客イベントを行っているのですが、そこには30年来の顧客様もいらしていました。私は売場を離れてしばらく経ちますが、30年経ってもお互いを覚えているって、本当に嬉しい事だなって思います。


● いいチームに欠かせない条件

1999年、店長として軽井沢アウトレット店のオープンを成功させた翌年、御殿場アウトレット店立ち上げの店長に抜擢されました。新店舗のメンバーは私以外に7名いたんですが、全員が現地採用! 研修もままならず、とにかくやってみようと勢いよくスタートしました。開店直後の忙しさをみんなでガムシャラに乗り越えたその後、その忙しさがだんだん落ち着いていくのと同時に、チームメイトの自我がでてきたんですよね。御殿場店がオープンして1年半ぐらいたった頃です。チームをまとめきれなくなってしまい、お店の雰囲気が本当に悪い時があって…。直属の上司からも「どうしたんだよ」って言われるほどでした。店長としてどうにかしようと頑張るも、なかなか上手くいかない時がありました。

しかし、良いお店に欠かせないのは良いチームワークです。悪い雰囲気の時だからこそ、自らが率先して前に進んでみせました。もちろん、「自分がこう言ったら、こういう反論が来る!」みたいな衝突はありましたし、みんなにどう思われるんだろうって心配もゼロではなかったです。しかし、それを恐れていたら絶対にチームは良くならないって思っていましたから。今も昔も、行動する時は行動する、発言する時は発言するようにしています。

それから、私はチームのみんなを『部下』とは言いません。 チームメイトって呼んでいます。1人1人の話しにちゃんと耳を傾け、相手の意見を聞くことを大事にしています。常にオープンマインドな姿勢で相談しやすい雰囲気を持つ事を心掛けているんです。誰かが困っていたら、必ず気づいて話を聞く。昔からずっと意識してきましたね。チームメイトの誰も取りこぼさない、そんな環境が1番大事なんだと思います。


● アパレル業界で働く人材の変化

今から10年、15年前のアパレル業界には、沢山の『洋服好き』がいました。とにかくみんな洋服が大好きで、洋服に携わる事ができればそれだけで良いって感じだったんです。給料がでました、バイト代がでました、洋服買います!みたいな(笑)。そんな人がいっぱいいましたね。でも、最近では時代が変わり、スタッフもお客様も多様化しています。だからこそ、この業界も洋服が好きなだけでやっていける環境ではなくなってきた様に思います。やはり、企業が求める人材に即してなければ、どんなに洋服が好きでも、いくら販売力があっても、能力が優れていても、その環境の中では働き続けていく事が難しくなってきているんですよね。『対応力』こそが重要視される時代になってきたんだと感じています。

いい仕事をする為に

● 私のリフレッシュ方法

気持ちが晴れない様な事があっても、次の日には絶対に持ち越さないって決めているんです。だから、そんな事があった時は飲んじゃう(笑)。お酒を飲んでスイッチを切り替えますね。週末であれば、趣味のゴルフをしてリフレッシュする事もありますよ。

それから、愛犬が2頭いるんです。8歳の『七味(しちみ)』と、2歳の『薬味(やくみ)』。面白い名前でしょう? 私も妻も、辛いものが大好きなんです。だから、最初はハバネロって名前も考えたんですが…、ちょっとね。毎朝5時に起きて、5時45分には散歩に行きます。私が七味、妻が薬味とペアになって、朝の散歩をする事がルーティンになっているんですよ。こんな生活がもう8年も続いてますから!おかげで健康な毎日を送れています。

ちなみに、休みの日には妻と2人でレベル高めの辛味を求めて出かける事もよくあります。どんな辛さレベルかというと、蒙古タンメン中本さんの『北極』を美味しく食べきれるのは…ここだけの話です(笑)。

この業界で働く方、そしてこれからチャレンジされる方達へ

私は、この業界には『自分を変えるチャンス』が沢山あると思っているんです。自分を変えたくて何かにチャレンジする時って、結構勇気がいる事じゃないですか。でも、アパレルにはいつだって自分を変えられるきっかけがあります。例えば、普段なら選ばない形や色の洋服にチャレンジする事で、「自分には似合わない」という決めつけが破れる時だってあります。私はそれを、人が変われるチャンスだっていう風に思っているんです。殻を破る方法がこれだけ身近にあるって、実はすごい事じゃないですか?

是非、この業界に携わったからには色んなところにアンテナをはって、「こんな風になりたい」「こんな事をやってみたい」って目指すものに向かって頑張って欲しいと思うんです。やり続ける事で叶うものだって、沢山ありますから。

洋服は日常にかかせないもので、ファッションは一番身近なエンターテインメントだと思っています。なのでこの業界に終わりはありません。だから、突き進むだけなんですよ。時代と共に変化があっても、アパレル業界は絶対に終わらない。突き進んで邁進する事も、私はこの業界の1つの楽しみだという風に捉えています。
自分を変え、成長するチャンスがある。そんな、夢のある業界です。


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PROFILE
渡辺 淳
1971年 埼玉県出身。
専門学校を卒業後、1993年に株式会社ダイドーリミテッドへ入社。
その後、ブルックス ブラザーズへ配属。
1999年には、アウトレットの日本1号店となる軽井沢店にて店長に抜擢。
以来、7年間アウトレット事業に従事した後、本社へ異動。
現在は、SV・営業を経て販売部 部長へ着任。
ニックネームはナベ。趣味はゴルフと愛犬の散歩。