ニューバランス 村上 儀明さんに聞く『必要とされる人材』

インタビュー
2025.01.31
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スポーツとカルチャーの交差点となり、数えきれないほどの笑顔を生み出し続けているニューバランス。「新しい(new)バランス(balance)」感覚を履いた人にもたらすことに由来した社名の通り、伝統とテクノロジーを集結したものづくりの姿勢が変わることはありません。フレキシブルでエキサイティングなこのブランドは、私達のライフスタイルに欠かせない存在です。そんなニューバランスの人事総務部でディレクターを務める村上さんが語る、アパレル業界の未来とは。今回のインタビューでは、人と関わる仕事を通じて様々な人生の交差点に立ち続けてこられた村上儀明さんに、『必要とされる人材』についてお話しを伺いました。

人と関わる仕事

● 人と関わる仕事のはじまり

若い頃、旅行業界にいたんですよ。それが人と関わる仕事のはじまりです。オーストラリアに7年くらいいて、日本から旅行に来たお客様が快適な時間を過ごせる様にサポートをしていました。当時はシドニーオリンピックよりも前で、新婚旅行や長期休みの団体ツアーが多かった時代です。毎日30人以上の旅行客をアテンドし、年間の休みもほとんどないような忙しい日々を送っていました。

現地のガイドって、初対面のお客様と会った瞬間にどれだけ仲良くなれるかがポイントなんです。僕はメインガイドとして現場に出ていた5年間で、累計3万人以上の人と関わってきましたが、いつだってお客様には安心して観光を楽しんでもらえるように、そして信頼してもらえるように、朝から晩まで、とにかくガムシャラに頑張っていました(笑)。

まぁ、そんな風に沢山の人と関わってきた影響もあってか、今では少し話しをするだけで、その人の人となりが見えてくるようになったというか。相手が考えている事や、どんな職業に就いているのかなど、自然と関わる人の背景を推測できるようになりました。この経験こそが、僕が『人と関わる仕事』をするうえで欠かせない、最も重要な基盤になっています。


● アパレル業界に進むきっかけ

シドニーオリンピックも終わり、「そろそろ日本に帰るのも悪くないかな?」なんて思っていた頃、日本でビジネスをしていた友人に声をかけられた事がきっかけで帰国を決意しました。友人の会社で5年お世話になり、その後に転職したのはファッションアパレル会社。「人事のポジションを探しているんだけど、村上くんやってみない?」と言われて挑戦する事になったのが、この業界に関わるきっかけでした。この頃はまだ、その後のキャリアでもアパレルやジュエリー、バックをメインとするブランドで、人事としての経験を積み重ねていく事になるとは思っていませんでしたけどね(笑)。

しかし、今思えば誰かの人生と密接に関わる分野に進んだ事は、僕にとってとても自然な事でした。当時は数字を扱う業務よりも、人の採用やトレーニングの方が得意だと感じていましたから。所属するブランドが急成長していく様子を間近で感じながら、毎日色々な人と関わる中で、自分のスキルや視点が磨かれていった事を実感していました。

それに、何と言っても昔からファッションが好きでしたから!僕が高校生ぐらいの時って、DCブランドブームの真っ只中。タケオキクチとかメンズビギとかね。バシッと仕立てのいいスーツにみんなが憧れを持っていた時代でした。ある時、人気があったファッション誌がDCブランドの特集をやっていて、すごくワクワクした事を覚えています。今みたいに、携帯ひとつあればどこにでも行けるわけではなかったですから。雑誌に載っていた地図を片手に、よく迷子になっていましたよ。それから、当時はテレビドラマであぶない刑事が大人気だった頃。最後のエンディングが流れた時に、テロップを食い入るように見ていました。流れるテロップには、監督とか色んな役者の名前が並んでいて、1番最後には必ずドラマに衣装協力したブランド名が流れてくるんです。それを必死にチェックしたりしてね(笑)。とにかくファッションが大好きでした。


● 人と関わる仕事を選ぶ理由

昔、ある人から「そんなガチガチで考えなくていいんだよ!アパレルなんだからさ、柔らかくないとね。」って言われたんです。当時の僕は、与えられた仕事を全て型にはめていく感じ。常にどこかに力が入っている感覚がありました。根詰めすぎちゃってて、余裕がなく見えたんだと思います。そんな僕に、「これはこうしてください、これが決まりですからばかり言ってたら、いい発想も出てこないでしょう?」って。

伝えてくれたタイミングも相まって…めちゃくちゃ刺さりましたね。とても衝撃的でした。それから少しずつではありましたが、アパレル業界への向き合い方や、考え方のスタイルも変わっていった様に思います。いい意味で楽に考えるようになったというか。この業界で前に進んでいくきっかけをもらいました。

総合的な判断も必要ですから、必ずしも当てはまるわけではありませんが、やっぱり会社は『人』で選ばないといけない。どんな人と過ごすかってすごく重要です。調子がいい時もそうでない時も、その事実を客観視して伝えてくれる人が僕の周りにいた事は幸運でしかない。人に恵まれてきたなって思います。

壁や苦悩の先に得たもの

● 美化された壁や苦悩

今となっては、「大きな問題なんて無かったんじゃないか?」なんて思うようになりました。もちろん、大変な事は常にありますが、物事をネガティブに捉えないようにする癖がついてきたんですよね。「もう嫌だ!」なんて事、本当に数えるくらいしかないんですよ。大変な事とされている出来事も、全ては経験。後に、「あれがあったから」とか、「あの経験が役に立ったな」と思えることってあるでしょう?結局は、自分次第なんですよね。きっと振り返ると、後々プラスになっていることの方が多いはずですから。

だから、大変だった時の思い出は、今では全部美化されています(笑)。
その当時は、心の底から『辛い』『きつい』って思っていたかもしれませんが、この瞬間に自分の中で美化されている事っていう事は、すでにその壁や苦悩を乗り越えてこられた証拠ですからね。


● 育ててきた自分の武器

僕の武器は『考え方』かな。起きた出来事をマイナスに捉えないようにしています。つまり、どんな出来事も自分に都合よく解釈するって事。何か起きた時でも、「別に大したことない」と思い込んで、とりあえず一度笑ってみる。力を抜くことを意識するんです。

もちろん、沈んでしまうような出来事が無い訳ではないし、余裕がなくなることもある。でも、そういう事に引きずられていると結局うまくいかないし、何も解決しないんですよね。気持ちもどんどん沈んじゃう。だから、「大した事なんてない、やってみたらなんとかなるだろう!」って、前向きに捉えて進む事が大事なんだと思っています。

今では物事を深刻に捉えない思考が自分の武器にもなってますけど、決してはじめからそうだった訳じゃない。この性格は、長年かけて大事に育ててきたものなんです。「このままだと上手くいかないな」と気づいて、考え方をアップデートする必要があると感じた時。それが成長のチャンスですよね。


● ネガティブに負けない方法

週末はいつも走るようにしています。考え事や頭の整理が必要な時は、考え込んでも解決しない。外に出て走ると頭の中のごちゃごちゃした考えも、本を本棚に収めていくみたいにスッキリするんです。走る事で不思議と整頓されていくんですよ。

悩みというのは未来への不安ですから、考え込んでも解決はしないんです。今、手を付けることが重要で、やってみたら意外とどうにかなります。だから僕は、まずはやってみるという気持ちを常に持っています。それでもたまに、「これ、どうしよう…」みたいな事が出てきちゃう。そんな時は、「これは寝かせておいても絶対にいいことはない!」って考えます。悩んで落ち込んで1人で抱え続けるより、周りに早めに話して「さぁ、どうしましょう?」って開き直って聞いちゃった方が良かったりします(笑)。

あと、本もよく読みます。実は小説とか、すごく役に立ちますから!人の感情や気持ちを文章として読んだものを頭の中で映像化するわけですから、想像力と感性を育てるトレーニングだと思います。どんな種類でもいいから、本は読んだ方がいいと思います。

アパレル業界の変化

● 変わっていくもの、変わらないもの

今、世の中の構造自体が変わってきていますよね。チャネルは増えたしツールも進化しています。ショッピングセンターや百貨店だって、これからは買い方だけでなく、お店の形状まで、もっと様々な変化があるかもしれません。

例えば販売のチャネルでいうと、一昔前にはECでのショッピングなんて当たり前ではありませんでした。みんな、行きつけの店舗に足を運んで、試着してから購入していましたよね。ECが流行り始めた時は、S・M・Lなど各サイズがどれくらいのフィット感かもわからなかったから、とりあえず買ってみるけど全てがチャレンジって感じだったんです。それが今では、スキャンをすれば自分のサイズがわかるんですもんね。すごい速さで技術は進歩しています。

でも、それはあくまでツールに過ぎません。結局、テクノロジーが進化しているだけ。だって、季節やトレンドが変わる度、流行りの服を欲しいという人間の欲求は変わりませんから。業界全体に変化がある中でも、変わらないものだってあるんだと思っています。


● 採用活動の変化

採用においては、会社の勢いや雰囲気が、応募者に大きな影響を与えることが多いと思います。そういう意味では、ニューバランスはとても良い流れの中にいます。メディアやスポーツ選手を通じて露出する機会が増えた事はもちろんですが、会社の文化や方針に共感してくれる候補者も非常に多いんです。どんなにいいブランドでも、ここがしっかりしていないと人は集まってきません。背骨が大切。

やっぱり会社が正しい方向に進んでいくことがとても重要だと思います。そこが迷走していると採用活動は上手くいかないと思います。その上で、企業の魅力をより鮮明に、ハートフルに伝えられるように準備しておく事も、良い人材が集まる環境を作ることに繋がりますからね。誰か一人だけが頑張ったって、イメージを上げ切る事は難しいですからやっぱり会社全体で取り組んで行くことが重要なんだと思います。

採用活動のパートナーとして、スタッフブリッジさんと出会ったのが2013年だから…かれこれ12年目になりますね。これだけ長い間、採用活動の相談ができる縁が続いているという事、すごくありがたいなって思っています。これからもよろしくお願いしますね(笑)。


● 人に関わる仕事の軸

接客業全般に共通する点として、重要視されるポイントは昔も今も変わりません。『ホスピタリティー』だと思っています。アパレルでもホテルでも、旅行でも飲食でも、業界が違えど軸は一緒。ホスピタリティー精神は、人に関わる仕事に欠かせないものなのです。

とはいえ、時代の変化と共に、お客様からの期待にも変化はありますからね。 相手の立場に立って考え、期待以上の体験を提供しようとする姿勢が大事です。それぞれの個性が生み出す、マニュアルを超えたホスピタリティーは人を魅了しますから。

人と関わる仕事って色々ありますけど、自分が好きだったり興味がある事が大前提じゃないと、仕事が苦痛になっていく事だってあると思います。やはり、自分が好きな業界で働くことが、仕事を続けるためのモチベーションにもなりますよね。

必要とされるスキル、人材とは

● 店頭で活躍する人材

やはり、所属するブランドの製品が好きな人ですね。そして、自分のセンスを活かして接客して、お客様に喜んでもらえる事にやりがいを感じる人。ファッションが好きな人って、新しい製品と出会った時に「これとこれを合わせたら素敵かも!」とか考えたりするじゃないですか。それで、そこから素材について詳しくなったりしてね。どんどん勉強をしていくんです。なんでもそうですが、勉強を続けないと進歩はありませんから。

ニーズがあるお客様に、売れ筋の商品をオススメしただけで売れちゃうような接客だけじゃ、絶対に続きません。そこに、自分の意思やセンスが全くなかったら選ばれ続ける事は難しい。このお店、この販売員さんじゃなくてもいいんじゃないかって思わせちゃいますよね。

「積極的な接客はしませんよ」という考えを持つブランドも増えてきているじゃないですか。デジタル化されて賄える部分があるのも事実。接客を煩わしいと感じるお客様が一定数いるのも事実。だからといって販売員の需要が全くなくなるわけじゃないんです。もしかしたら、5年後10年後の近い未来には、店頭での接客・販売というフィールドが狭くなっているかもしれませんが、センス、スキル、そしてコミュニケーションを求められる部分は絶対になくならない。だって、人を介さないショッピングなんて味気ないですよね?


● この時代だからこそ、鍛えるべきスキル

『考えて行動する力』だと思います。便利な世の中になった分、考えなくてもすぐに答えを得られる環境になりましたからね。例えばAIに、「製品が売れる為にはどうしたらいい?」って質問すれば、「こういうことから始めてみましょう」って無難な答えを返してくれます。もちろん、そういった無難な答えが間違っているわけじゃないんですけどね。ただ、それだけで終わらない事が大事なんです。だって、答えを得たところで実際に行動に移すところまでやらないと、何も解決はしませんから。

よく、誰かに相談をして満足してしまう人っていますよね。実際に答えを知った後、自分で考えてアクションして、やりきるところまで行ける人って、けっこう少ないと思います。相談することで安心してしまって、延々と足踏みしているというパターンは意外と多いんじゃないかなと思います。本当に必要なのはコンフォートゾーンから出て行動に移すこと。

この業界で働く方、そしてこれからチャレンジされる方達へ

生きていく上で、色んな人とコミュニケーションを取るスキルは必須です。接客業は、コミュニケーションスキルを磨くことが出来る素晴らしい仕事です。たとえその後に転職し、他業種の仕事に就いたとしても、コミュニケーションスキルは絶対に必要ですし、他者とのコミュニケーションが苦手だと仕事だって上手くいきません。接客の経験を通じて身につけたスキルは、皆さんの人生を豊かにしてくれます。人生という長いスパンでみた時に、大きなメリットを手にする事ができると思うんです。

アパレル業界で働いていた人が別の業界に転職し、成功している例は沢山ありますからね。全く違う分野に転職しても、ちゃんと必要なスキルを身につけてきた人はそれを上手く活かして活躍しています。結局、この業界で培ったスキルや経験は、次のステップに進んだ時にも自分を助けてくれる。頑張って身につけたスキルがちゃんと繋がっていくんです。

だから、先のことを心配しすぎて動けなくなるより、まずはやってみる事の方が大事。ターニングポイントがきた時、興味がある事には挑戦する勇気をもってほしいと思います。誰だって最初の一歩を踏み出す時は不安もあるけど、あなたの未来の全てはその選択だけで決まるわけじゃないですから。どんな成功も失敗も、その経験は後の自分の可能性を必ず広げてくれるものだと信じてください。

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PROFILE
村上 儀明
1968年 北海道出身。
18歳で渡米し、その後イギリスやオーストラリアでモーターレーシング業界や旅行業界で勤務。旅行業ではツアーの企画・運営、オペレーション全般および人事を担当。2001年に帰国後、建設、広告、リテールと幅広い業界で人事ヘッドとして従事し、2022年より現職。好きなものは『酒』。