ゴールドウイン 峯川 貴博さんに聞く『販売員の未来』

インタビュー
2025.01.10
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古代オリンピックの勝者をゴールド・ウイナーと呼ぶことに由来し、競技者に栄冠がもたらされるようにとの願いが込められた社名、ゴールドウイン。オリジナルブランドの「ゴールドウイン」や、人気ブランドである「ザ・ノース・フェイス」を中心に、幅広い層のファンから長年に渡り支持され成長してきたスポーツ、アウトドアブランドを持つ企業です。どんな時も前進し続ける、強くしなやかで圧倒的な存在感には、関わる全ての人が魅了されてきました。そんなゴールドウインに14年間在籍し、想像を超える接客体験で数多くの感動と喜びを生み出してきた峯川さんが考える、販売員の在り方、そして必要とされる接客とは?今回のインタビューでは、『販売員の未来』について峯川 貴博さんにお話しを伺いました。

”好き”が仕事になった

● ゴールドウインとの出会い
昔から『自然』が好きだったんですよね。大学時代には4年間キャンプ場でアルバイトをしていましたし、社会人になってからも仕事が休みの日には積極的に自然と触れ合ってきました。大学卒業後に選んだ道は、腰を据えて向き合う環境とは言えず。少し遠回りはしましたが、「アウトドアの道に進みたい!」という気持ちに目を向け、30歳の時に転職を決意しました。

そこで、365日アウトドアを感じられる居場所はないかと考えた結果、「色んなアウトドアアイテムを扱うブランドで働いたらいいんじゃないか?」と思ったことが、この会社に入社するきっかけとなりました。アパレル業界で働きたいという始まりではなく、『好きなもの』に触れ合う場所にアパレルがあったというスタートだったんです。

とはいえ、私はゴールドウインで働き始める前からザ・ノース・フェイスの愛用者。山に行くときに着用してきたブランドは、いつだってザ・ノース・フェイスです!数々のウェアを着用してきた中で、何よりも着心地が良いというか…、自分の体に1番フィットするブランドでした。店舗へ足を運ぶたび、心身ともに自分に合うブランドだなと確信し、アイテムに触れる度に気持ちが高鳴っていた事を今でも覚えています。

● 積み上げてきたキャリア
2011年に、ザ・ノース・フェイスのアルバイトとして入社しました。当時のゴールドウインは中途採用の募集がなく、たとえ販売の経験があったとしても、アルバイトからスタートするしかない状況。しかし、踏み出さなければ何も始まらないと、特に深く考えこむ事もなく、アウトドアに触れていたいという一心で、「アルバイトからでもいいから、チャレンジしてみよう!」という前向きな気持ちでトライしたんです。私が31歳の時でした。そこから半年間、日々の業務に真剣に取り組んだ結果、念願だった社員登用が決まりました。周りの若い同期メンバーと比べると、早めの登用だったかな?と思います。まぁ…年齢を重ねていましたからね(笑)。

社員になってまず学んだことは、販売をはじめとする、店舗運営の基礎知識です。販売員に必要とされる基礎の全てを、このタイミングで身につけたと言っても過言ではありません。華やかなだけじゃない、地味だけど、地に足のついた誠実な対応をしていく為に欠かせない知識です。その後、副店長・店長へとキャリアを進めてからも、培ってきた知識を元に、スタッフの育成や店舗のマネジメント、売上達成に向けた施策の立案など、リーダーシップを求められる業務を数多く経験しました。この頃は、どうしたら自分のチームがお客様の期待に応え続けていけるのか、毎日悩んでいましたね。

しかし、上手くいく事ばかりではなかったからこそ、壁を乗り越えるたびに自分の成長を感じる事ができてきたのも事実。その経験のおかげもあって、一般的にはスーパーバイザーと呼ばれるポジションである『エリア長』、さらには担当エリア全体の売上管理を行う『リーダー』へと昇進し、大阪を拠点に愛知県から兵庫県にかけての直営店舗の売上や運営を管理をしていました。店長としてひとつの店舗を管理し、毎日店舗のメンバーと腹を割って向き合ってきた私に、より広い視野と柔軟な対応が求められた時でした。自分が成長しただけチームの可能性が広がっていく。『なんてやりがいがある仕事なんだ!』と心の底から感じていましたね。


● 現在の部署ではどのようなお仕事をされていますか?
現在は、人事部で採用業務を中心に会社全体の人材管理に携わっています。ゴールドウインの人事部には、給与計算や組織設計など様々な業務があるんですが、私は主に「採用活動」と「育成研修」を担当するグループに所属しています。

採用活動に関しては、全国のアルバイトに中途採用、そして派遣社員を含む全ての新入社員を対象に行っているのですが、一次面接、二次面接と続いていくので、なんと年間1,000回以上の面接を行っているんですよ。もちろん面接には人事部だけでなく、社内各部署の担当者も関わってきます。全員が同じ採用基準で面接を進められるよう共通のフォーマットを作成し、いつだって質のいい面接が出来るようコントロールしていく事も私の役目です。

そして、社員がスキルアップする場を提供すべく、定期的な研修も積極的に行っています。新入社員には、弊社創業の地である富山県にあるゴールドウイン本店で、製品を作る様子を見学してもらう事もありますし、実際にミシンを扱い製品を縫う研修だってやります。ほかにも、当社ならではの研修としてキャンプや登山の研修もやりますよ!店頭だけでは学びきれない知識や経験を企画して、会社のパーパスを理解しブランドの本質を伝えられる社員を育成していきたいのです。

余談ですけど、スタッフブリッジさんとの密なやりとりがスタートしたのも、人事部にきてからですね!異動の時、前任者からは『何かあったらスタッフブリッジさんに相談したらいいよ』って言われていたんです(笑)。人事の相談だけでなく、市場の状況とか、スタッフを取り巻く世の中の動きだとか、色々と学ばせていただきました。

● 自分の『武器』はなんですか?
『リアルな現場を知っている』という強さなんじゃないかと思っています。振り返ってみると、アルバイトとして入社してから今日迄で、リテール業務に関わるほぼすべての役職を経験できたんですよ。その経験は今、自分の仕事を進めていく上で大きな財産になっています。店舗で起こる些細な出来事も含め、現場の事を深く理解できているからこそ、現在の人事業務に活かせる事が多いのだと感じています。

正直、31歳でのアルバイト入社は周りと比べた時に遅いスタートでした。実際にそう言われることも沢山あって…。でも、逆にその年齢だったからこそ、どの仕事に対しても冷静に向き合えた部分があったのではないかと思います。もちろん、当時中途採用があればそっちにエントリーをしていたかもしれません。でも、アルバイトからキャリアを築いてきたこの経験こそが大きな成長に繋がり、今では自分にとって最大の強みとなりました。

心が動く瞬間

● アパレル業界で得てきた『やりがい』
やはり、お客様に褒められた時にはやりがいを感じますね。実は入社して間もない頃に、店頭でお客様からお叱りをうけた事がありました。店頭に立ちはじめて3ヶ月目くらいだったかな。大人気だった冬物のアイテムについて尋ねられたんですが、当時の私はアウトドア全般の知識はありましたが、ブランド特有の製品について全くわかっていなかったんです。製品のお取り寄せを希望するお客様に、「この製品はお取り寄せできません。」と曖昧な情報を伝えてしまったところ、「できないはずはない!なんでこんなことも知らないんだ!」と強くお叱りを頂いた時は、本当に悔しくて悔しくて…。その日から、製品やブランドの事について徹底的に勉強するようになったんです。ザ・ノース・フェイスが特集されている雑誌は片っ端から買い漁りましたし、今日に至るまで自社ブランド以外を着用していません(笑)。

その後、再びそのお客様が来店くださった時、私は誰より早くお客様の元に行き謝罪をしました。そして、心を込めた丁寧な接客を全力で行ったんです。お客様が帰り際に、「よく頑張ったね」とニコッと笑って言ってくださった事は今でも忘れません。販売員としての自信を頂きました。

お客様への接客経験を通じて、「接客の仕事はお客様との信頼関係を築くことが何よりも大切だ」という事を学びました。こうした成功体験が、このアパレル業界で働く『やりがい』に繋がるんだなと感じます。

● 販売員の欠かせない役割
『お客様に選択肢を提案する事』だと思っています。販売員はいつだって、お客様に合うものを「これがいいですよ」って自信を持って伝えていかなくちゃいけない。もちろん、お客様だって自由に選びたい時があるので、見極めは重要ですけどね。ただ、私たちの提案がお客様にとって特別な体験や思い出の提供に繋がる事を忘れないでほしいんです。

昔、営業職をやっていた私の父が「製品の提案は必ず3つしなさい」と教えてくれた事がありました。1つ目は、自分がお客様にとって1番素敵だと思うものを提案すること。2つ目はちょっと違う選択肢で、これもありだよというものを提案。そして、3つ目は絶対に選ばないものを提案しなさいって教えてくれた事がありました。

つまり何が言いたいかと言うと、私たちはお客様に選択肢を提供する事で、目の前にある製品だけでなく、その製品を手にするまでの過程にも価値をつけていく事ができるという事です。ショッピングの醍醐味は、どちらにしようかなって迷うこと!買う楽しさだけじゃなく、選ぶ楽しさがちゃんとあること。悩んで選んで手に入れたアイテムって、すごく記憶に残りますよね。お客様の、そういった決断に至るまでの提案やお手伝いをできる事が、販売員の大きな役割だと思います。

● 選択肢の身につけ方
販売員時代、靴の購入に迷われていたお客様を接客した事がありました。お客様は2足を履き比べどちらにしようか悩んでいたので、私はお客様が特別な1足を決められる様、一生懸命に接客をしました。結果、お客様は1足を選ばれた後、最終的に「やっぱりこっちも。」と、2足ともご購入いただいたんです。しかし、お会計の途中でお客様が「なんであなたは2足買った方が良いって言ってくれなかったの?本当に似合っていたと思うなら、両方買う様に進めたら良かったじゃない!」と仰られたんです。

販売員になりたての私は大きな衝撃を受けました。なぜなら、お客様にとって特別な1つを選ぶことが大事なのだと思っていましたから。選択肢は無限大だと言う事を学ばせていただいた出来事です。

● 接客で縮める心の距離
接客って『大喜利』に似ているなって思うんです。お客様からの質問や要望をお題と考え、それを超える回答や提案ができた時に、満足していただけると感じられる瞬間がある。どれだけ期待を超えた面白い回答ができているかっていうのも醍醐味だと思えるのは、大阪出身だからかな(笑)? 
                                                                        
ある日、同じ店舗で勤務していた先輩に、「お前の接客、めっちゃ面白いな〜」とケタケタ笑われる事がありました。何を話しているのか、思わず近くで聞きたくなる様な接客なんだと評価をしてくれたんです。元々、お客様に信頼いただくためにも、接客の時はなるべく大阪弁を出さない様、丁寧に喋る事を心がけていたんですよね。ただ、話しが盛り上がるとポロッと大阪弁が出てしまう...!相手と心の距離がぐっと縮まる感覚は、いつも素の自分が出た時だった様な気がします。

AIやECの進化も、リアル店舗には敵わない

● リアル店舗ならではの魅力とは?
リアル店舗最大の魅力は、スタッフが提供する「付加価値」です。付加価値は、販売員の人間味や創意工夫から生まれます。目の前のお客様にしかない、または、そのお客様すら気付けていない個性を引き出せるのがリアル店舗の強さだと思います。
つまり、リアル店舗が魅力的で在り続けるには、販売員がお客様の可能性を広げる仕事が出来ているのかが重要です。提案力や創造力を持つ存在として活躍できているかどうかがECとの差別化にもなるでしょう。

お客様が感じる、「このアイテムを買って良かった」という喜びや満足感は、スタッフとの対話や提案の中で生まれるものですから。リアル店舗は、これからもそういった価値を提供し続けられる場であってほしいと願っています。

● スタッフの提案力が、リアル店舗の価値を支えている
自社の話になりますが、昨年、仕事終わりに新しいジャケットが欲しいなと思い、大阪のTHE NORTH FACE+グランフロント大阪に立ち寄った事があったんです。実は、全国で2店舗だけ、大阪のグランフロント店と渋谷パルコ店にはカラーやサイズを組み合わせることで自分だけのプロダクトが完成する次世代のカスタマイズサービスがあるんですよ。そこで、世界に1着だけのジャケットを作ろうと思って!昔愛用していたザ・ノース・フェイスのジャケットをイメージしてカスタムしてきました。気に入りすぎてボロボロになるまで着ていたジャケット…「あの色のジャケットをもう一度着たい」と思ったんですよね。

このカスタマイズサービスは、スキャンニングマシーンに入って全身を数値化し、自分に合うサイズが3つくらい提案されるんですが、私はいつも通り「Lサイズでいいよ」とスタッフに注文したんです。そうしたら、「峯川さん、Lサイズじゃ面白くないですよ!」って。スタッフから提案されたサイズは2XLサイズでした。丈や袖を詰めて、シルエットだけを変えていく提案を受けたんです。カスタムについて話し合う間は、とてもワクワクしました。まさに製品に付加価値をつけていく体験。マニュアル通りの良さもありますが、感動は乗り越えたところにあるのだなと。提案力の伸ばし方って、勇気を持って乗り越えていく事なんですよね。

こうした「お客様の思いを形にする」提案型の接客が、リアル店舗の強みだと思います。AIやECは効率的に製品を提供できますが、お客様の思いや背景、個性を汲み取ることはできません。スタッフがその人に合った選択肢を提案し、製品にストーリーを持たせることで、ただの買い物が特別な体験に変わります。こうやって、手間を加える提案ができるスタッフがいる事がとても誇らしい!ついつい自慢したくなっちゃいます(笑)。

接客から信頼が生まれた瞬間

私が大阪で副店長をしていた頃の話です。当時、よく店舗に立ち寄ってくださる40代の男性のお客様がいたんですけど、ある日突然「もう引っ越すから、今までみたいに会いに来れなくなっちゃうんだよね…」と仰られたんです。そのお客様とは既に5〜6年のお付き合い。店頭で顔を合わせるたびに挨拶を交わし、色んな会話をさせて頂いてきただけに、とても寂しい気持ちになった事を覚えています。

しかし、突然の引っ越し宣言後のしんみりムードも束の間!「実はね、メダカを飼っているんだけど引っ越し先で飼えないんだ。峯川さん、もらってくれない?」とお願いされたんです。とてもびっくりしました(笑)。聞けば、とても可愛がっていたメダカだそうで、引越し先に連れていけない事をどうしようか悩んでいたらしいのです。販売員という枠を飛び越え、生き物を託される日が来るなんて!私はすぐに「もちろんです」と答えました。お客様にとって大切なものを託して頂けるなんて、本当に嬉しい事です。いつの間にか築けていた、深い信頼関係を実感できた出来事でした。店頭でお客様と築いた信頼関係が、買い物をする場を超えて、お互いにとって特別なものになったんだなと感じます。お客様とこれだけ深い信頼関係を築くことができるのは、店頭だけ。販売という職に携わる私たちにとって、他では味わえない、特別な喜びだと思います。

ちなみに、メダカを家に持ち帰った後は、家族みんなが可愛がってくれました。特に娘がすごく気に入って!「あかりちゃん」って名前までつけてましたね(笑)。

この業界で働く方、そしてこれからチャレンジされる方達へ

本当の意味で、販売の仕事を突き詰める事が出来た人は、少ないと思っています。世界を変える人がこれから現れる、そういった業界です。きっと、新しい販売方法や提案の手法はこれからも生まれ、移り変わっていくでしょう。しかし、この業態はどれだけ進化しても本質は変わりません。我々販売員は、お客様により良いモノや考え方を伝え、共有し、共感してもらって、新しい文化を作っていく事が仕事なんです。ただ服やモノを売って、お金をもらうだけの仕事ではありません。目の前にいる1人のお客様に、製品やあなたのサービスが届いたとき、それが、世界が変化する最初の瞬間なんです。お客様の人生や生活に影響を与え、変化をもたらした瞬間です。大げさに聞こえるかもしれませんが、多くのお客様に影響を与えられた人が新しい文化を作り、きっとこの仕事を突き詰めた人になるのだと思います。

今アパレルの世界に携わっている方、これからアパレルの世界に来られる方、どちらがいい文化を作れるのか勝負です。お互い切磋琢磨して業界を盛り上げていきましょう。

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PROFILE
峯川 貴博
1980年 大阪府出身。
大学では教育学部幼児教育を専攻し、在籍中は府内のキャンプ場でアルバイト。
大学卒業後に児童館、アウトドアショップ、キャンプ場併設のホテル等で勤務した後、
2011年にザ・ノース・フェイス+ ALBi店で勤務をスタート。
アルバイトでの入社半年後には社員に登用され、店長、SV、営業を経て現職である人事部に着任。
趣味はバードウォッチング。