日本を代表するコレクション『ISSEY MIYAKE(イッセイ ミヤケ)』

ISSEY MIYAKE
ブランド情報
2020.08.11
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日本を代表するイッセイミヤケのデザインは、最新のテクノロジーと昔ながらの伝統を融合し、その時代にあったファッションを作りあげています。素材使い、生地、染色などすべての工程にこだわられていて、機能性、着心地なども最高のクオリティーのコレクションは日本だけではなく、アジア、ヨーロッパでも人気です。

そして、限られた人だけではなく多くの人に喜びを与えたいと考え、日本を代表するブランドとなりました。イッセイミヤケの独自のデザインと魅力をお伝えします。

ISSEY MIYAKEの世界観

ISSEY MIYAKE(イッセイ ミヤケ)
https://www.staff-b.com/brand/isseymiyake-2/

創業者の三宅一生は、1938年に広島で生まれた。1945年に広島に原爆が投下された時も、三宅は広島におり自らも被ばくを経験し、母親も被ばくの後遺症でなくしています。

デザインとの出会いは、イサム・ノグチの設計によって被爆地に架けられた二つの橋だったそうです。この橋を渡りながら、人を励ますデザインの力を初めて意識しその時に感じた「破壊ではなく、創造による美しさや喜びを与えられるもの」を考えファッションデザインの志向が高まったと言っています。

高校卒業後に、多摩美術大学でグラフィックデザインを学び、在学中に装苑賞を2回も受賞し当時から才能を発揮。学生だった三宅に現在の東レ株式会社のカレンダー撮影のための衣装制作を頼み、三宅自身の初の衣装政策となりました。

そして日本ではじめての世界デザイン会議開催に「衣服デザインが含まれていないのはなぜか」と投書したといいます。衣装をファッションではなく、デザインと考える三宅に注目が集まったのも学生の頃の話です。卒業後は、パリでギラロッシュやジバンシィの元で経験を積む学び、五月革命に遭遇します。そこでごくわずかな人ではなく、多くの人への服作りをしたいと思ったのです。

大阪万博で盛り上がりをみせる日本に帰国した1970年に三宅デザイン事務所を設立した。翌年の1971年にISSEY MIYAKE(イッセイ ミヤケ)としてニューヨーク、1973年にパリでコレクションを発表したのがブランドのはじまりです。

三宅一生のこだわり

初のコレクションは、イッセイミヤケのこだわりである一枚の布で制作するファッションでした。パリで学んでいた時に、生地を捨てずに服を作ることを自身の課題とし、インドのサリーのように一枚の布で身をまとうようにしたいと考えたそうです。

失われつつある伝統の染め方や織り方などの技法を活かし、時代にあったものによみがえらせたのです。伝統の技法とテクノロジーの二つを融合することで、その時の時代にあった衣服を作りたいという三宅の精神がずっとあります。

そして1974年に「ISSEY MIYAKE」のショップ1号店を青山にオープンし、1975年にはパリに海外1号店をオープンしました。

80年代に布以外の素材でも服作りに挑戦します。それをもとにボディーワークス展を開催し、プラスチック・籐・紙などで作った作品が出店されました。

1988年に「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE(プリーツ プリーズ イッセイ ミヤケ)」を展開するきっかけとなる、イッセイミヤケが考えた技法できれいなシルエットで作り上げたプリーツのコレクションを作り上げました。三宅が作り上げたプリーツは、美しさもちろん、機能性・利便性も兼ね備え、今では世界中で愛されるコレクションになっています。

三宅一生は2007年に退任し、数々のデザイナーが三宅が作り上げたブランドを引き継いでています。

愛されるデザイン

イッセイミヤケと言えば、先ほど述べた独自のプリーツ製法で作り上げた「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE(プリーツ プリーズ イッセイ ミヤケ)」のプリーツコレクションが人気ですが、「BAOBAO ISSEY MIYAKE(バオバオイッセイミヤケ)」の斬新なカバンも人気を誇っています。

ピースを組み合わせた新しい発想のバッグは、中身によって立体感が増すフォルムに変わり、シンプルな作りながらも人々をワクワクさせるデザインになっています。カラーも鮮やかで、コーデに合わせるだけでモード感が溢れる雰囲気にさせてくれますよね。

イッセイミヤケのデザインに魅了される有名人も多く、黒いタートルネックでお馴染みの『スティーブ・ジョブス』の服は、イッセイミヤケがデザインしたものでした。そしてアパレル以外にも『ロードゥ イッセイ フローラル』などの香水は、日本の芸能人でも愛用者が多くいます。イッセイミヤケの香水はさわやかな香りが多く定評です。

イッセイミヤケが生みだす斬新で魅力的なデザインは、これからも楽しみですね。

数々のデザイナー

イッセイミヤケでは有数なデザイナーが多く活躍しています。

── 滝沢直己(たきざわなおき)※2007年に退任
桑沢デザイン研究所ドレスデザイン科卒業。1993年からイッセイミヤケのメンズライン、1999年にウィメンズラインを担当。さまざまな分野のクリエイターやアーティストとコラボし活躍しました。

── 藤原大(ふじわらだい)※2011年に退任
1992年に中央美術学院国画系山水学科に留学。1994年に多摩美術大学美術学部デザイン科を卒業。2006年にイッセイミヤケのクリエイティブディレクターに就任。三宅一生と共にコンピューターを使った編み機のプロジェクトが評価され、グッドデザイン大賞・毎日デザイン賞を受賞しました。

── 宮前義之(みやまえよしゆき)
1998年文化服装学院アパレルデザイン科を卒業。2011年にイッセイミヤケのウィメンズデザイナーに就任。藤原大と共にA-POCのプロジェクト企画に携わり、新たなコレクションを生み出しています。

── 髙橋悠介(たかはしゆうすけ)※2020年退任
文化ファッション大学院大学卒業。2010年に入社し、2014年春夏コレクションからイッセイミヤケメンのデザイナーに就任。27歳の若さでデザイナーに就任し、初のコレクションも好評価を受けデビューした。退任後は自身の会社を立ち上げ新たなスタートを切っています。

三宅一生の受賞・栄典

三宅一生は世界に多くの功績を残しています。

1977年:毎日デザイン賞
1983年:CFDA賞受賞、ニーマン・マーカス賞受賞
1990年:ヒロシマ賞
1991年:フランス芸術文化勲章 最高位コマンドール受賞、朝日賞
1993年:イギリスロイヤル・カレッジ・オブ・アートより名誉博士号授与
1995年:金の針賞受賞
1999年:リヨン大学より名誉博士号授与、「今世紀最も影響力のあったアジアの20人」の一人に選ばれる
2005年:「第17回高松宮殿下記念世界文化賞(彫刻部門)」
2006年:「第22回京都賞思想・芸術部門」
2010年:広島市名誉市民、皇居にて文化勲章を受章
2016年:レジオンドヌール勲章 最高位コマンドール受賞
2019年:東京都名誉都民へ顕彰

会社情報

■ 会社名
株式会社 イッセイ ミヤケ

■ 設立
1971年11月2日
■ 本社所在地
〒151-8554
東京都渋谷区富ヶ谷1-12-10
■ 事業内容
レディス、メンズ服ならびに小物・アクセサリーの企画、製造卸、販売、展覧会などの企画制作
■ 店舗
全国主要都市136店舗、海外134店舗

※2020年7月時点の情報に基づく